村野藤吾のページ
Togo Murano Architecture

僕の最近最も尊敬する建築家である村野藤吾。
彼の作品の中で僕が見てきたものを紹介するページです。

作品 データ
1928

南大阪教会
 

大阪府大阪市
村野藤吾氏の最初期の作品である。
塔のように立つ鐘楼と教会堂からなっており、彼の設計ではないのですが横に幼稚園もあります。
この当時から鐘楼の装飾模様などに彼の特徴が随所に見られます。
例えばやうねるような建物の外観などである。
現在は改造されており、教会堂は晩年に改築されたものである。鐘楼は当初からのものです。 '01.10.23
1931 近三ビル
東京都中央区
日本橋につくられたオフィスビルである。
近三商事の建物なので近三ビルですが、元々は森五商店の建物だったので森五ビルでした。
村野さんが渡辺節の事務所からの独立後におけるデビュー作と言われているので
1928年竣工の「南大阪教会」は独立前に内々に依頼されていたものと推察されます。
竣工時は7階建てで1956年に8階が増築されているそうです。
黒褐色のタイル貼りと整然と並ぶ開口部による外壁のデザインが落ち着いた外観です。
それに対してエントランスホールの緩やかなヴォールト天井はガラスモザイクとなっており
非常に華やかな演出がなされていました。
ところで、東側立面を見ると微妙に壁面がずらされているのはなぜなんでしょう? '05.12.12
1932 加能合同銀行 石川県金沢市
現在の北国銀行武蔵ヶ辻支店である。
最近補修等が行われて大変綺麗な建物になりました。
正面にある三つの放射線状のアーチが特徴的な建物である。
村野氏はこのアーチを「トッペアーチ」と呼んでいたそうである。
近くに巨大な百貨店などがある通りに立っているにもかかわらず、目を引くすばらしいデザインでした。
そしてこの建物を保存して残していこうという石川県及び銀行の姿勢にも感動しました。 '02.2.22
中島商店
石川県金沢市
金沢市につくられた洋紙や和紙の卸売業を行っている老舗会社の建物である。
同年に同じ金沢市につくられた「加能合同銀行」もそうですが、これが75年前のデザインとは
到底思えないほどの新鮮さを未だに保っている驚きの建物です。
建物北西部を大胆に削ぎ取っており、様々な形状の開口部をリズミカルに並べています。
そして、上部を見上げると分かりますが、ガラスブロックによる階段室が飛び出す形態が
アクセントとして効いています。
内部空間も非常に良質な状態で村野デザインの家具などが保存されているそうなので
一度入って見てみたいです。 '07.2.18
1935 そごう百貨店
大阪府大阪市
大阪の中心部、御堂筋と心斎橋筋に面する場所の百貨店である。
御堂筋側に間口を多く取ったT字型の平面になっていて、御堂筋側のファサードは
垂直線を強調する縦ルーバーが非常に美しく、ルーバー間にはガラスブロックがはめ込まれています。
そしてこのファサードには藤川勇造氏の彫刻「飛躍」がワンポイントとして配置されています。
当初外装はすべてトラバーチンだったそうですが、その後の改修によりモザイクタイルに変わっていました。
すでに取り壊されており、H17.1月現在は新たなそごうの建物を建築中です。
この建物や「心斎橋プランタン」など村野氏設計による心斎橋の名作がなくなっていくのがとても悲しいです。
隣の大丸(ヴォーリズ設計)との対比していたのが非常に懐かしく思い出されます。
幼少から何度と来ていた百貨店でしたが、じっくり内部を見学していなかったことが今では悔やまれます。
'05.1.26
1937 宇部市渡辺翁記念会館
山口県宇部市 Docomomo100
宇部の開発に貢献した人物である渡辺翁(宇部興産の創始者)を記念した市民ホールである。
村野氏の初期の代表作にあたり、宇部にある村野建築の中でも一番だと思います。
1979年には隣に「宇部市文化会館」が同設計者によってつくられています。
当時、日独防共協定を結んでいたという日本の時代背景と、ナチス政権に理想を抱いていた村野氏から、
この建物はファシズム建築の様相を呈しているとも言われているそうです。
独立する列柱や玄関にあるランプが鷲と十字をあしらっているところなどに表れているみたいです。
ただそういった背景を深く考えずとも、この建物の滑らかな3段のファサードやシンメトリックな造形は
青空に映えてすごく美しかったです。 '03.8.1
1938 尼崎市大庄公民館
(旧大庄村役場)

兵庫県尼崎市
尼崎市(竣工当時は大庄村)につくられた庁舎で、現在は公民館として使われています。
鉄鋼産業による経済発展で大庄村が裕福だったという背景から
これだけの素晴らしい庁舎がつくられたんだそうです。
箱形の建物のようですが、裏側の壁面は当時川があったため湾曲していて
その上に2、3階が積み重なっているデザインが美しいです。
外壁はタイル貼りで落ち着いた外観になっていますが、所々に設けられた
グリフィンのレリーフや塔のオリーブの透かし彫りなどがインパクトになっています。
オリーブは平和の象徴だそうですが、何でギリシャ神話の動物を貼り付けたんでしょう?
'07.2.27
中村健法律事務所
Nakamura Ken Law Firm
大阪府大阪市
大阪市の北浜につくられた法律事務所である。
村野さんの作品集でも全然取り上げられてない建物なので全然知りませんでした。
近くも度々通っていたのに普通にスルーしてました(笑)
改めてよく見ると渋みがあります。三方を囲まれているため正面ファサードのみで
外観はつくられているといってもいいと思いますが、向かって左手の窓を規則的に
配置するのに対し、右側は少し凹ませたり、後の村野建築にみられるバルコニーの
デザインのようなものを試みていたりして面白いです。 '08.10.29
1940 近鉄橿原神宮前駅舎
奈良県橿原市
近鉄の橿原神宮前駅の駅舎である。
特徴的な大屋根はスレート葺きや瓦葺きなど時代によって変化をしてきています。
中央コンコースのホールにある壁画や梁の造形は村野氏らしさがあふれています。
中に入ることは出来ませんが、貴賓室の入口が外にあり、その扉も一見の価値ありです。
'02.3.11
1951 百貨店ヤマトヤシキ
Yamatoyashiki Department Store
兵庫県姫路市
姫路市を拠点とする老舗の百貨店である。
この建物が本店で、それ以外にもう一つ加古川店があります。
と書きながら全く知りませんでした。かなりマイナーな百貨店だと思います。
そして村野藤吾さんが建物を設計したということもマイナーだと思われ
紹介しているサイトも少ないです。
村野氏は1951年から1975年まで関わっているようですが、
村野建築的要素が少なめです。
あえて見所を言いますと、塔屋部分のデザインです。屋上まで行って見てみてください。
'09.4.14
1952 日本橋高島屋(日本生命館)
増築

Takashimaya Department Store
Tokyo

東京都中央区 重要文化財
東京駅からほど近い場所に建つ百貨店である。
1933年にコンペ当選案として片岡安、高橋貞太郎、前田健二郎の設計により
建てられ、その後、1952年に村野藤吾の設計で増築がなされています。
コーナー部分に丸みを持たせた古典的様式建築に要所で和風をとりいれた当初の建物と
ガラスブロックを大胆に使用した増築部のモダニズム的デザインがうまく融合しています。
ペントハウスや壁面に設置された彫刻には村野的デザインが強く表れています。
'09.4.18
1953 世界平和記念聖堂
World Peace Memorial Cathedral
広島県広島市中区 1955年日本建築学会賞 Docomomo100
「世界最初の原子爆弾の犠牲となりし人々の追憶と慰霊のために、
また万国国民の友愛と平和のしるしとして」建設された聖堂である。
コンクリート打ち放しの構造体と広島の土砂からつくられた煉瓦の壁でできている。
直線性の強さを感じるこの聖堂は、以前に見た曲線を多用した「宝塚カトリック教会」とは
違った魅力を感じた。
所々にみられる凝った細部の造形が村野氏らしいと思った。 '01.4.17
丸栄百貨店
Maruei Department Store

愛知県名古屋市 1953年日本建築学会賞
名古屋の中心部、栄にある百貨店である。ここと豊橋にしかない百貨店みたいです。
名古屋では松坂屋、名鉄、三越と合わせて「4M」と呼ばれているそうです。
縦格子が連続するファサードで、西側壁面にはモザイクタイルが美しく貼られています。
この建物の数年後に大阪ミナミにつくられた「ドウトン」にもモザイクタイルが建物壁面に
使用されていますが、こちらの方が手入れが良いらしく模様が鮮やかです。
「そごう百貨店」のファサードには藤川勇造の彫刻が置かれていましたが、
こっちには動物を横から見たようなかわいいデザインが置かれています。
これまで百貨店建築で学会賞を受賞したのはこの建物だけですが、あんまり知名度が
高くないのが個人的には残念です。。 '07.2.15
フジカワ画廊
大阪府大阪市
大阪市内につくられた画廊ビルである。
遠目に見るとちょっと古くなった雑居ビルに見えてしまいそうですが、
近づいてみるとガラスブロックを多用したタダモノではない(笑)ビルだと分かります。
そしてファサード左右に設けられた面白い手摺のデザインに驚きます。
ちなみにこの手摺のデザインって何をイメージしてるのでしょうか。
なんとなく古代人が描いた壁画のように見えなくもないですが。。
内部の緩やかなカーブを描く階段の美しさにも村野デザインが表れていました。
'07.2.18
1954 近鉄劇場
Kintetsu Theater
大阪府大阪市
近鉄上本町駅周辺にある村野建築の一つである。
元々は「近鉄会館」という名称で映画館を主目的として建設されたそうですが、
改装が行われ名称が近鉄劇場になってから、OSK日本歌劇団(マイナーな宝塚みたいなもの(笑))
のミュージカルなどの公演に使われてきました。
建物は駅前の周囲の建物に比べて低層で、連続窓が水平性を強調しています。
隅部に置かれた彫刻や手摺りのデザインなど村野建築の要素がちりばめられていて面白いです。
2004年に閉鎖され、テナントの店舗だけが入っていたのですが、現在解体中のようです。
閉鎖され、跡地に新歌舞伎座が移転することが近鉄から発表されていたため
いずれ解体される運命なのは分かっていましたが、ショックです。。 '08.10.30
1955 北九州市立八幡図書館
福岡県北九州市
戦災復興土地区画整理事業の地区内につくられた図書館である。
村野氏が多用した、柱梁を露出させ、その枠内に煉瓦タイルを張るという手法が使われています。
図書館という用途だからかもしれませんが、他にこの手法を使用した「横浜市庁舎」などでは
見られなかった枠内の楽しくなるデザインがとても気に入りました。
すぐ目の前にある「八幡市民会館」や近くの「八幡信用金庫本店」といった同設計者による
他の建物がマッシブな印象があるのに対して、この建物の軽やかさが好きです。 '04.6.15
ドウトン
大阪府大阪市
大阪市の繁華街ミナミの中心部、道頓堀につくられた食堂ビルである。
元々はドウトンという店があってそのビルだったみたいですが、
現在はその店はなくなっていて、テナントビルに変わっています。
ちなみにドウトンは昔はテレビCMも流すほどの有名店だったみたいです。
僕は全然知らないので当時のCMが見てみたいです!
建物は道路側のファサードは低層部を除いてモザイクタイルで覆われていて
それに対して川側のファサードは開口部を多く設けています。
道頓堀を何度も歩いたことがあってもモザイクタイルに気付かない人が多いのではないか
と思います。一度上を見上げてみたら意外な外壁の模様に驚くと思いますよ。 '06.6.26
1956 心斎橋プランタン
大阪府大阪市
心斎橋筋にある僕のお気に入りの喫茶店です。
内部は3層になっていて、1階と螺旋階段で昇る2階とは一部吹き抜けになっていて同一な空間を
作り出しているが、3階は落ち着いた別空間といった感じである。
エントランスの大きなガラスだけが開口部であり、薄暗い照明・籐による意匠がレトロを感じさせる。
所々に展示してあるロートレックのポスターもいい感じです。
1965年に戎橋プランタンも設計されたようであるが現在はないのが残念です。 '01.5.25
(追記)2003年6月を持って閉店されています。これからの動向が気になります。 '04.5.26
(追記)2004年10月に心斎橋筋を歩いているとプランタンだった建物は改装されて
回転寿司屋になってしまっていました。残念です。。 '04.10.28
1957 読売会館
東京都千代田区
JR有楽町の駅前にある三角地にたつ、ガラスブロックとモザイクタイルの複合施設である。
下部のデパートは遂に閉鎖された有楽町そごうである。
上部は1500名収容のオーディトリウムであるがこちらも閉鎖中のようである。
デパートの垂れ幕もなくただテレビだけが映っていたのがとてもさみしかった。。
オーディトリウムの壁がうねるようなデザインらしいのでぜひ見たいと
思っているのですがどうなるのでしょう。。 '00.10.26
池袋ステーションビル
(丸物百貨店)
東京都豊島区
池袋の駅ビルとしてつくられた百貨店である。
建物名称のとおり元々は丸物百貨店が入っていたのですが、
1969年に丸物が撤退したためそこからパルコに変わっています。
ちなみに丸物はここ以外に岐阜や京都(プラッツ近鉄京都の前身)があったのですが、
最終的には近鉄に吸収されたみたいです。
側面の壁には「丸栄百貨店」にも見られたモザイクタイルによる模様が
描かれていたのですが、現在はのっぺりしたつまらない壁になってしまっています。
正面ファサードは当初の面影を多少残しているものの、内部に関しては
ほとんど村野デザインは残ってない様子でした。。 '07.2.17
1958 米子市公会堂
鳥取県米子市
米子市制30周年を記念して建てられた公会堂である。
外観はブラジルの教会とグランドピアノをイメージしたものである。
村野氏はこれを設計する前年に南米を旅しているためそれでブラジルのイメージを固めた
と考えられます。
暗紫褐色のタイル張りという外観は、後につくられる横浜市庁舎や小倉市民会館にも
利用されています。
1980年に楽屋など一部増築が行われました。 '02.2.1
大阪新歌舞伎座
大阪府大阪市中央区
客席数2000人の歌舞伎劇場とその付属施設である。
建主から桃山調の建物を要求されたため、この大胆な連続唐破風が考えられたという。
しかし、出来た当初、「俗悪な商業主義的意匠」として非難を浴びたそうで、
現在もあまり良い評価を受けていないようです。
僕はこの連続唐破風好きですけどねえ。。
それからこの建築は当時たった10ヶ月の工期で完成させたそうです。 '02.3.20
八幡市民会館
福岡県北九州市
北九州市八幡東区の中心となるホールである。
すぐ近くにふたつも村野建築があるという村野建築ファンには非常に嬉しい場所です。
RCの柱梁による水平性を強調した前面ピロティのデザインと、その上部に見えるホールの
赤茶色のタイル張り壁面がインパクトのあるファサードをつくり出しています。
ホールの壁面が微妙に湾曲していることからもっさりした印象が強かったです。
メインのホールばっかり目立っててはじめは気付かなかったんですが、
西側に美術工芸館の箱形の建物が張り付いていたんですね〜。 '06.6.27
新ダイビル
Shin-Osaka Building
大阪府大阪市
堂島川沿いに立つ賃貸オフィスビルである。
1958年に竣工し、その後1963年に増築されています。
白タイル張りの外壁に、水平の連続窓が続くシンプルな外観ですが、
よく見ると4階部分の隅を凹ませていて、そこになぜか2匹の羊の像が立っています。
羊は建物の4隅以外にもいるのですが、これは増築前の隅だった場所だと推測されます。
ということは(4隅+増築前の2隅)×2匹=12匹いるのかと思ったら、東側の増築前の隅には
いなくて、西側の増築前の隅にしかいませんでした。結論としては全部で10匹います。
このビルは先進的に屋上緑化を行っていて、平日の昼間などに開放してくれています。
上ってみると昼寝をしているおじさんやくつろぐサラリーマンなどがいました。
屋上で驚いたのが造形で、機械室などのデザインが気合い入りまくってます。
外観は(羊以外)かなり抑えた表現だっただけにこれは驚きました。
ちなみにこのビルを30階建ての高層ビルに建て替えるとダイビルが発表しました。
2011年に着工だそうです。残念です。。せめて羊は新ビルの隅に再度置いてもらいたいです。
'07.9.23
1959 横浜市庁舎
神奈川県横浜市
横浜球場の横にある横浜市役所の庁舎である。
できた当時は横浜球場もなく関内の駅もなく運河であったそうだ。
打放しの柱や梁を露出させて壁をタイルで貼っている。
柱の断面積は上部にいくほど小さくなっているらしい。
一階部分はセットバックしていて回廊状になっている。行った日が休日の雨の日であったため、
たくさんの浮浪者の人がそこで雨宿りをしながらダンボールで寝ていた。。 '01.5.1
小倉市民会館
福岡県北九州市
北九州市の公共施設がかたまった一角につくられた市民会館である。
細いコンクリ打放しの柱・梁により水平性や垂直性が強調される設計となっている。
バルコニーの取り方、回廊の作り方など、同年の横浜市庁舎と同じ手法が使われている。
二つを比べると、この建物の方がスマートでシャープな印象を受けるため、こちらのほうが好きです。
(内部空間は横浜市庁舎の方がいいかな。。) '02.1.4
(追記)平成15年10月31日をもって閉館するそうです。やはり取り壊されてしまうのでしょうか?
詳細をご存知の方、情報いただけるとうれしいです。 '03.5.16
(追記)宇佐見さんからの情報で、2004年8月に取り壊されてしまったそうです。
跡地は芝生公園になるそうです。。 '04.10.2
都ホテル佳水園
京都府京都市 Docomomo100
京都市東山にある斜面地に建てられた都ホテル(現ウェスティン都ホテル)別館です。
ホテル内の数多くの建物は1939年から増築を村野氏が手がけており、
この建物はその中における独立した和風建築です。
醍醐三法院の庭を模したという白砂の庭を中央に設け、それを囲むように
雁行する廊下を配して、薄く緩やかな屋根を重ね合わせて連続させ、
幾つもの独立した低い軒高の建物がつながった集落的なイメージを持たせています。
ここまで洗練された建物に宿泊したら身も心も洗われるでしょうね〜。
ここのような秀逸な和風建築を見ると、村野氏が非常に多才だったことを
改めて感じます。 '06.5.23
比叡山回転展望閣
京都府京都市
比叡山の山頂につくられた展望台である。
元々は比叡山頂遊園地のためにつくられた施設でしたが
2001年に遊園地が閉鎖され、跡地はガーデンミュージアム比叡になっています。
この経緯を調べた時に遊園地の解体に伴って無くなってしまっている
と思っていたのですが、嬉しいことにこれだけが残されています。
ガーデンミュージアム比叡の敷地内にあるんですが、HPを見ても存在が確認しにくいのが不満です。。
しかし、現地に行くと存在感たっぷりに展望台は立っていて、老朽化のためか回転はしていませんが、
ちゃんと説明板が貼ってあり「村野藤吾氏の設計」と謳われています。 '08.12.10
泉州銀行本店
大阪府岸和田市
大阪の和泉地方を中心に展開している地方銀行の本店である。
外壁は花崗岩貼りの落ち着いた色彩でまとめていて装飾も少なく、
上品な建物に仕上がっています。
ファサード上部の横に連続する鎖のようなデザインは「名古屋都ホテル」では
ファサード全体を覆うように使われたものですが、こちらはワンポイントに使われています。
入口横にちょこんと置かれた羊の像がかわいいです。 '06.6.29
日本シェーリング
大阪府大阪市
ドイツに本社を持つ製薬会社シェーリンググループの日本本社である。
敷地内に後で増築された大きな建物があるため、この建物はこじんまりした感じに見えます。
横に連続する開口部のデザインが外観全体を特徴付けています。
さらに側面にまわるとガラス張りの階段室があるんですがこれが良いです。
明らかに古さを感じる階段室なんですが、リズミカルなフレームが洗練さを醸し出していました。
'06.11.21
1960 輸出繊維会館
大阪府大阪市
大阪市の本町駅の近くに建てられた繊維関係の組合の拠点ビルです。
地下2階、地上8階の建物で、7階以上は斜線制限の関係か少しセットバックしています。
規則的な窓が連続する立面は非常にシンプルで、これが村野建築?と思わせますが、
南側エントランスからロビーに入るとカラフルなタイルの壁面が現れ、
村野建築であることを確信できます(笑)。
そしてロビーから地下へと続く階段を見ると、曲面を描く壁に沿って滑らかな階段と手すりが
非常に美しい造形をつくり出しています。やはり村野建築の素晴らしさは階段ですかね〜。
'06.3.4
1962 森田ビル
大阪府大阪市
大阪市のオフィス街につくられたビルである。
黒の外壁に白で縁取られた開口部が連続するファサードですが、
あまりに開口部が並びすぎてちょっと気持ち悪いぐらいです(笑)
道路斜線によるものだと思いますが、上部は徐々にセットバックしています。
しかし、村野さんは大阪市の中心部でかなりの数のオフィスビルを設計してますね。
'07.1.31
早稲田大学文学部校舎
東京都新宿区
早稲田大学の戸山キャンパスにつくられた文学部の校舎である。
早稲田を卒業した村野氏が恩返しとして設計した建物だと勝手に思ってます(笑)
高層(11階建て)の研究室棟、3階建ての教室棟、2階建ての大教室棟から構成されていて
既存の建物と共に中庭を囲むように配置されています。
村野氏が多用したコンクリート打放しの柱と梁を見せる設計で、壁面に珪藻土レンガ貼りという
非常に落ち着いた表現は「世界平和記念聖堂」とよく似たデザインとなっています。
低層の教室棟のピロティをくぐって中庭に出るという劇的なアプローチは「甲南女子大学」の
管理棟を思い出させました。 '07.2.13
(追記)解体中との情報を得ました。
早稲田学生の間では「国連ビル」の愛称で呼ばれていたそうで、
確かに規模は違いますが外観はニューヨークの国連ビルに似てます。
その雄姿が見られなくなるのは残念です。。 '07.11.1
1963 日本生命日比谷ビル
(日生劇場)

Nissei Hibiya Building
東京都千代田区 1964年日本建築学会賞
日比谷に立つ日本生命保険のビルであり、オフィスと日生劇場の複合施設である。
総花崗岩貼りの外壁、ブロンズの手すりによる重厚な外観は、竣工当時の建築のセオリー
からは外れていたそうであるが、今この建物を見ると村野氏の当時の選択は間違ってなかった
ことを認識させる存在感を持っています。
それに対して1階ピロティのモザイクタイルが楽しいデザインで意外なんですが、
ホール内部のアコヤ貝貼りの湾曲した特徴的な天井も外観とは違った意外性を
持っているそうで一度見てみたいと思っているんですが、未だ中に入る機会がありません。。
ちなみに竣工当時は隣にフランク・ロイド・ライト設計の「帝国ホテル」が立っていたそうで
ふたつが並ぶ姿が見てみたかったです。 '06.6.26
梅田換気塔
大阪府大阪市
大阪キタの中心部に立つ地下街のための換気施設である。
換気塔というよりはステンレスのオブジェといったほうがふさわしいと思えるほど
芸術性を感じさせるデザインになっています。
一般的にも芸術的な施設であるとの認知がなされていることを裏付けるように、
夜になるとこのオブジェはライトアップされるようになっています。
林立するステンレスのオブジェの中央に立って空を見上げると、
大都市の中心部にいながら不思議な落ち着きを感じました。 '06.6.30
高知県知事公邸
Official Residence of Governor
of Kochi
高知県高知市
高知市内、高知県庁のすぐ近くに建てられた知事の公邸である。
住宅等が建つ閑静な場所にあり、周囲に配慮した平屋の建物となっています。
雁行配置による数寄屋建築で、プライベートな空間である西側の建物と
公務用の空間である東側の建物を渡り廊下でつないでいます。
見学に行ってももちろん内部に入ることは出来ず、車庫と車寄せぐらいしか見えません。。
高知県知事か知事と面談するほどの大物になれたらいいんだけどなあ(笑) '09.11.20
1964 浪花組
大阪府大阪市
大阪の中心部の一つ、ミナミにある会社である。
この本社以外に、名古屋、東京の支店も村野氏が設計しています。
ファサードの荒々しさがこれほどまでに表れている村野建築は他にないんじゃないでしょうか。
「名古屋都ホテル」(解体)や「大成閣」などもファサードに特徴がありますが、
それらはスマートさや軽快さを感じるのに対して、この建物は力強さを感じました。
見に行ったときは何をしている会社なのか分からなかったのですが、
どうやら建築関係の会社のようです。 '02.5.30
甲南女子大学
兵庫県神戸市
六甲の海を望む斜面地に立つ女子大学のキャンパスである。
1964年の大学開学時に管理棟や学生会館など6棟が建設され、
その後も体育館(1975)、図書館(1976)、講堂(1988)などが増築されましたが
敷地内のほとんど全てが村野建築であるという村野ファンにはたまらない(笑)濃厚な空間です。
斜面に対して平行に建物を配置し、外壁はクリーム色の荒いスタッコ仕上げで
統一しており、整然としたお嬢様が通うのにふさわしいキャンパスとなっています。
しかしこれらの建築群に対するアクセントとしてガラスカーテンウォールの学生会館が
キャンパス内で、そして村野建築としても異彩を放っていました。 '07.2.2
大成閣
大阪府大阪市
大阪ミナミの繁華街につくられた老舗の中国料理店である。
六角形のデザインを連続させたファサードが村野建築らしさが出ていて、
看板も六角形に合わせているところが良いです。
現在は六角形が縦に5コ、横に8コという並びになっていますが、
当初は縦に10コ、横に4コだったみたいで、1980年に増築されて現在の姿になっています。
ということは当初は現在よりも幅が狭く高層だったんですね。
単純に六角形の数だけで考えると当初10×4=40、現在5×8=40と変わってないんだ。
'07.2.16
千里ニュータウン
南地区センタービル

大阪府吹田市
阪急南千里駅の駅前につくられた千里ニュータウンの南地区センタービルである。
千里ニュータウンのセンタービルで一番初めにつくられました。
1964年にセンタービルが出来た後も、1965年に専門店街、1976年に文化センターと
千里南地区は村野氏の設計により順次整備が行われています。
開口部をリズミカルに並べた立面は村野さんらしい美しいデザインです。
同じ千里ニュータウンにあった槇文彦さん設計の「千里センタービル」が解体されたように
この建物も老朽化を理由に再開発計画があるようです。。 '07.2.26
1965 美原町庁舎 大阪府堺市
大阪府南部の美原町の役場庁舎である。
H17年2月に堺市と合併したため、現在は堺市美原区役所になっています。
三層の建物で、連続するバルコニーが水平性を強調する外観をつくっています。
側面から見るとよく分かりますが、そのバルコニーが飛び出しています。
コンクリート打放しの正統派モダニズムのような外観ですが、よく見ると
村野氏が多用した柱梁のRCを見せて間に貼るという手法がこの建物でも使われています。
'07.2.25
1966 宝塚カトリック教会
兵庫県宝塚市
線路沿いの三角形の敷地にたつカトリック教会である。
村野らしい多くのうねるような曲線を使った白いモルタルの外壁、そして銅板屋根の塔が特徴的である。
線路の方から見ると亀のようである。
内部空間も板張りの天井がなめらかな曲線を描いており、内陣(?)に近づくにつれて上昇していく。
教会へのアクセス道路がすごく狭くて、行った日は路上駐車が多くて車で行くのが大変でした。。 '01.1.6
千代田生命本社ビル
(目黒区総合庁舎)
東京都目黒区
千代田生命の本社ビルとして建てられたが、2000年に千代田生命が経営破綻した後、
目黒区が買い取って総合庁舎とした建物である。
出来る限り村野デザインを残して改修、構造補強などが行われたため、
非常に美しくなった村野建築を気軽に見学できることを目黒区に感謝しながら見てました。
敷地の高低差をうまく利用して中央に池を設け、それを囲むように建物が配置されています。
アルミキャストの格子を大量に用いた外観は、建物に陰影を与えると共に
ルーバーとしての役割も果たしています。
エントランスホールは秀逸な空間で、十字型の照明、天井のモザイクタイル、美しい螺旋階段と
村野デザインが凝縮されています。ただ、ちょっと空間として広すぎる気がしましたが。。
池に面して和室があるのですが、ここは多数の主婦が子供を連れてきて遊ばせていていました。
こういう使われ方を全く想定してなかったと思いますが、区民が楽しく活用してくれて
村野さんも喜んでいるんじゃないでしょうか。 '07.2.1
西宮商工会館
兵庫県西宮市
西宮市の県総合庁舎や税務署など公共施設が多く存する場所にある商工会館である。
村野氏が多用しているRCの柱梁を見せる設計で、壁面を紅色とし、
壁面から少し下がって開口部を設けることで彫りの深い立面をつくり出しています。
元々はこの建物以外に低層の別館があったみたいですが、阪神・淡路大震災によって
低層部は全壊したため、現在は新たな建物が増築されています。
この建物も震災でかなり被害を受けたみたいですが、改修して残してくれた
商工会議所の人々に感謝です。 '07.2.19
出光興産京都支店
京都府京都市
京都市内につくられた出光興産の京都支店である。
村野さんは出光の建物をかなりの数設計していますがこれもその一つです。
道路に対して斜めに建物を振ることで出来た三角の空間を給油スペースとしています。
外壁は赤のレンガ貼りとし、開口部は縦ルーバーを設け、ベランダを連続させた外観と
しています。縦ルーバーは京都の町屋の縦格子をイメージさせるデザインとなっていました。
元々は裏側隣地に建物が建っていたんだと思いますが、その建物がなくなったため
裏側から見ると悲しい外観になってしまってます。。
京都支店でなくなってからも給油所として存続していましたが、こないだ前を通ったら
解体中でした。またしても村野建築が一つひっそりと無くなってしまいました。。 '07.3.18
浪花組東京支店
東京都港区
赤坂につくられた大阪に本店を持つ工事業者の東京支店である。
大阪本店(1964)、名古屋支店(1976)も村野さん設計による建物ですが、
それぞれが全く異なるデザインなのが面白いです。
この建物は三角形の敷地に立っており、コールテン鋼で覆われた外壁に
縦スリット状の開口部をランダムに並べています。
ただ、この建物は再開発事業によって取り壊されてしまっているようです。
新聞などで解体の危機が報じられる村野建築もあれば、ここのように知らない間に
なくなっていく村野建築もあるんですね。。 '08.5.10
1967 桜井寺
Sakuraiji Temple
奈良県五條市
五條市にあるお寺である。奈良県には桜井市というところもあるのになぜか五條市にあります。
本来木造であるべき寺をコンクリートによりつくりだしています。
しかし、日本の伝統的な軸組みなどをコンクリートにより巧みに表現しているところがすばらしいです。
そりかえった大屋根は大阪の新歌舞伎座にみられる波打つ屋根との共通点を見出せます。
同じ村野氏が設計した箱根プリンスホテルの近くに旧桜井寺が移築されているのは、
なにか因果があるのでしょうか? '01.10.30
八重洲ダイビル
東京都中央区
東京駅のすぐ近くに立つオフィスビルである。八重洲地下街と地下でつながってます。
村野氏は渡辺節の事務所にいた頃に関わった大阪市中之島の「ダイビル」以来
数多くのダイビルを設計しています。
ちなみに「ダイビル」とは会社名で、元々は大阪ビルヂングという名称でした。
「ダイ」は大阪から来ているんですね。
地下5階、地上9階の建物の壁面は村野氏らしい特徴的なデザインです。
村野建築はどの建物も立面がすばらしいのですぐに見つけられますね〜。 '06.2.15
箕面ビジターセンター
大阪府箕面市
箕面市の北部、明治の森箕面国定公園内につくられたビジターセンターである。
公園の案内所、展示室などで構成されています。
村野建築に木造は少ないのでかなり意外ですが、国定公園という自然に囲まれた
ロケーションを考慮して木造を選ばれたのだと推測します。
敷地の高低差に逆らわずそのまま建てており、展示室も山側は多少高くなっています。
主張しない抑えた外観のデザインに好感を覚えました。 '07.2.20
1969 志摩観光ホテル
三重県志摩市
伊勢志摩国立公園内の中心である賢島につくられた観光開発の先駆けとなったホテルである。
1951年に東館が建築され、1960年に西館、1969年に本館、そして1983年に宴会場が
増築されていて、それらの全ての建物が村野氏の設計によるものです。
最も古い東館は木造で、鈴鹿にあった海軍将校クラブの木材が転用されているそうです。
その後の増築は東館の設計思想が引き継がれており、各層に設けられた庇が水平性を強調し、
三段階に雁行するプランの本館は賢島の景観の一部となった感じさえありました。
内部は、螺旋階段や喫茶室の天井の竹、照明のデザインなど村野テイストが溢れていて
すばらしい空間をつくりだしていました。
びっくりしたのですが、2007年1月31日で東館と西館が閉館してしまったそうです。
元々は全て取り壊す予定だったそうですが、東館は保存する方向に変更してくれたみたいです。
まあ一部保存は嬉しいのですが、西館は取り壊されてしまうんですよね。。 '07.2.14
1970 近鉄志摩線賢島駅駅舎
三重県賢島
リゾート地である賢島の玄関、近鉄賢島駅の駅舎である。
村野氏はいくつかの駅舎を手がけていますが、これもその一つである。
コンクリートの柱により建物を持ち上げ、一回部分をピロティにしたデザインと、
大屋根の飛び出した庇が力強さを感じさせます。
そして外壁の一部にはレンガを使うことにより暖かさも持たせています。
柱で持ち上げられた二階部分は、イベントホールと喫茶室から成り、
喫茶室はレトロな雰囲気をかもし出していました。
ただ、誰も二階には上ってきておらず、喫茶室は閑散として寂しい状態でした。。
'02.10.1
兵庫県立近代美術館
兵庫県神戸市灘区
王子公園の前につくられた美術館である。
安藤忠雄による「兵庫県立美術館」が出来たため、美術館としての役目は
そちらに引き継がれており、「原田の森ギャラリー」と名称を変えて
サロンや貸しギャラリーを持つ芸術の拠点として利用されています。
1階部分はピロティによるガラス張りの空間とし、持ち上げられた2階部分は
閉じられた箱形の空間にするという対比した設計になっています。
1階部分はかなり改装されていてこざっぱりしすぎているのが残念ですが、
2階へのスロープ部の照明デザインや階段の手すりなどはそのままですばらしいです。
裏にある駐車場のデザインも必見です。 '06.2.19
村野・森建築事務所
大阪府大阪市阿倍野区
大阪阿倍野の周囲にラブホなんかもある微妙な場所に立つ村野藤吾さんの旧事務所である。
木造の事務所があったものを1970年にRC造に建て替えた建物です。
心斎橋の事務所はそごう百貨店とともに取り壊されてしまいましたが、
それよりも古いこの建物は現存しています。
残念ながら僕が見学した5年ほど前には荒廃した感じで、隣の建物が取り壊されて
青空駐車場となったため、あきらかにその場しのぎといった壁を張り付けていたのが
あまりにショックでした。
ただ、このあいだ、この建物をミュージアムに再生するプロジェクトが進行していると聞きました。
どうやら10月のオープンを目指しているそうで、美しく再生した姿が見られるのを
楽しみにしています。またオープン後に見学して更新しますので楽しみにしててください。
'06.9.28
高橋ビル本社
大阪府大阪市
大阪市内につくられたオフィスビルである。
国道に面した角地に立っているのですが、コーナー部分を面取りすることで
外観にインパクトをもたせるとともにプロポーションが非常に美しくなっています。
周りの景色が映るんじゃないかと思うほど滑らかで美しい黒の外壁が艶めかしく、
立ち並ぶオフィスビルの中でも異彩を放つ建築でした。 '07.1.30
黒田電気株式会社
大阪府大阪市
大阪市の北部につくられた電気機器の製造を行っている会社の大阪支社である。
当初はここが本社だったみたいですが、2003年に東京に本社機能を移転しているので
現在は大阪支社となっています。
同じ開口部を連続させた立面デザインの中に、一部スリット状に細い幅の開口部を設けて
アクセントとしています。
1981年につくられた名古屋支店のエントランスとその上部の開口部のデザインは
この建物で使われたスリット状のデザインを意識したものと考えるのはちょっと無理が
ありますかね。 '07.2.17
1971 八幡信用金庫本店
福岡県北九州市
現在は「福岡ひびき信用金庫」という名称に変わった信用金庫の本店である。
JR八幡駅からまっすぐ伸びる道路と幹線道路が鋭角に交わった角地にあります。
1階はピロティ、低層棟がホール、高層棟はオフィスになっています。
左右対称のファサードと茶色のタイルが重厚感を出しています。
村野氏に特徴的な窓のデザイン、他の作品にはあまり見られませんが左右両端に
つくられたペントハウスのデザインがインパクトを強めています。
ホール外壁の曲面にちょっと重たさを感じますが、高層棟は軽やかです。
八幡駅周辺にはたくさんの村野作品があり見所たくさんです。 '03.5.20
1972 堺泉北海員会館 大阪府高石市
大阪府の南部、高石市の海際につくられた海員会館である。
「海員会館」とは船員のための安価な宿泊施設で「かんぽの宿」みたいなものだと思います。
宿泊室の入った棟はピロティとして建物を完全に持ち上げているのですが、
村野建築としては結構珍しい手法だと思います。
ピロティ部分に遊具が置いてあったのがほほえましかったです。
ちなみにこれを見学に行ったのはかなり前なんですが、今回HPに載せるのに
ググってみたら公式HPがなくなっていました。
しかもグーグルマップで見てみると更地になってるみたいなんで、
除却されてしまってるのかもしれません。。どなたかご存じの方教えてください。 '07.2.4
(追記)どうやら取り壊されてしまっているみたいです。。 '08.1.24
京都堀川会館
京都府京都市
京都市内につくられた公共の宿である。現在は「ホテルルビノ京都堀川」と名称が変わってます。
名称が変わっていたため半信半疑ながら見学に行ったのですが、村野建築要素(出窓、ベランダ、
柵のデザインなど)を見つけられたのでこれが京都堀川会館だと確信できました。
気になるのがおそらく後で増築された道路側の部分で、多少村野建築を意識した部分が
あるように思われるのですが、村野さんは関わってないんですかねえ。。 '09.1.2
1973 日本生命岡山駅前ビル
(岡山高島屋)
岡山県岡山市
岡山駅前に立つデパート、高島屋である。
新幹線の岡山−大阪間が開通したことに伴ってオープンしました。
垂直性を強調するようなスリット状の開口部や曲面を多用したディテールから
村野建築らしさを強く感じるファサードになっています。
街中のごちゃとちゃした場所に立っていないためか、建物が良好な状態に見えました。
ところで、建物名称が「日本生命岡山駅前ビル」ということは、日本生命が建てたビルに
高島屋がテナントとして入っているということでしょうか。。
そういや高島屋東京店も日本生命が建てたビルを借りてたんでしたね。
そういうつながりがあるんですかね〜。 '06.6.25
1974 日本興業銀行本店
Industrial Bank of Japan
東京都千代田区
東京駅のすぐ西側、丸ノ内に建つ銀行の本店である。
当初は「日本興業銀行」だったんですが、銀行の統合により現在は
「みずほコーポレート銀行」になっています。
南側から見ると垂直性を強調した開口部が並ぶシンプルな表情となっていますが、
本磨きの大理石で覆われた北側は先端が細くなってスリットが入っており、
足元は削り取られていて艶めかしい姿となっています。
北側の姿がこの建物の見どころなのに美しい写真が撮れていないのが残念です。。
'09.9.30
1975 小山敬三美術館
長野県小諸市
小諸市にある懐古園のなかにつくられた小諸市出身画家、小山氏の美術館である。
粗いスタッコ仕上げの外壁が木々で囲まれた敷地の中から隆起してきたような外観がすごいです。
うねるような外観がそのまま内部空間にも反映されていて傾斜や曲面がよく見られる。
西側部分が後に増築されてしまっているため、そこが雰囲気を少し壊してしまっているのが残念でした。
'01.6.29
西山記念会館
兵庫県神戸市中央区
川崎製鉄の故西山氏を記念してつくられた建物である。遺品の展示室や大・中のホールからなる。
幹線道路が交わる三角の敷地をうまく生かした三角形をした平面プランになっていて
中央に諸室を設け、頂部にコアを配置しています。
外観や内部も村野氏らしい柔らかい曲線を使った暖かみのあるつくりになっていました。 '01.12.28
1976 浪花組名古屋支店
愛知県名古屋市
大阪に本社を持つ浪花組の名古屋支店である。
閑静な住宅街の中に溶け込むように小さな建物がたたずんでいます。
煉瓦による箱型の建物で、開口部も少なくシンプルな外観になっています。
同じ村野氏設計による本社の荒々しい外観とのギャップが面白いです。
竣工してから30年近く経つにもかかわらず、とても美しく、大切に使っている様子が伺えました。
'03.1.19
1978 箱根プリンスホテル
神奈川県箱根町
国立公園内につくられたリゾートホテルである。
小泉首相も毎年家族で泊まりにくるそうで、ブッシュ大統領との会談にも使われました。
数多くの代表作をもつ村野氏ですが、これもその一つだと思います。
敷地が湖畔であり樹木が数多くあったため、それらを保存することが設計に盛り込まれました。
そのため建物は散在するように計画され、円形の二つの建物(客室棟)が
自然に溶け込んでいる姿はとても美しかったです。
エントランスを入ってすぐにある緩やかなカーブの天井を持つロビーがとてもすばらしく、
感動しまくっていました。ちなみにこのロビーでは結婚式も行われるそうです。 '04.4.15
京橋三丁目ビル
東京都中央区
京橋駅前の交差点に立つオフィスビルである。
交差点の隅切りに当たる建物部分を削り取っていて、そこに特徴的な意匠が施されています。
道路の対角に当たる場所からこの建物を見ると、隅切り意匠を中心とした
非常にシンメトリックなデザインであることがよく分かります。
僕はこの建物の存在を全く知らず、別の建物を見学するため
偶然前を通りかかったんですが、一目見て村野建築だと確信して興奮した記憶があります。
家に帰って調べて村野建築だということの裏が取れたときは
「俺の村野建築発見能力はすごい!」と自画自賛してました(笑) '07.2.5
1980 宝塚市庁舎
兵庫県宝塚市
宝塚歌劇で有名な宝塚市の市庁舎である。
村野さんの自邸があったということで宝塚にはこれ以外にも村野建築がいくつかあります。
4層の事務棟の屋上に飛び出すように設けられたシリンダー状の議場が
インパクトのある外観をつくり出しています。
すぐ横を流れる武庫川の方から見ると、広いバルコニーと列柱が荘厳さを感じさせました。
また、川側から見ると事務棟は方形の平面かと思ったんですが、
実はL型平面で、駐車場を囲むように立っていました。 '06.6.24
紀尾井町南部ビル
東京都千代田区
紀尾井町につくられた南部総業という会社のビルである。
外観を見てすぐに村野建築だと分かる特徴的な窓のデザインになっています。
側面を見ると正面ファサードと違って凹凸を設けていて、
凹部に村野建築によく見られる小さな円形のバルコニーが配置されています。
エントランスの車寄せはカーブを描いていて小さいながら美しく、
庇の上にツバメが乗せられているのがかわいかったです。 '06.7.1
1981 黒田電気名古屋支店
愛知県名古屋市
大阪に本社を持つ黒田電気の名古屋支店(現在は中部支社)である。本社の設計も村野氏です。
こんなところに会社があるの?と思わせるような落ち着いた雰囲気の場所に立地しています。
そして落ち着いた建物がその中に溶け込んでいて、どこにあるのかすぐに分かりませんでした。
しかし窓の造形や、屋上の手すり、エントランスの屋根など村野らしさが所々にみられて
代表作のような派手さはないものの良い小品といった感じを受けました。 '02.2.26
1982 新高輪プリンスホテル
New Takanawa Prince Hotel
東京都港区
村野氏がいくつか設計を手がけたプリンスホテルの一つである。
品川駅近くには品川プリンスもあるので、やたらとプリンスホテルが林立してる気がします。
白いタイル貼りの外壁に村野氏が多用する半円形の客席バルコニーが規則正しく張り付き
陰影のある美しさをつくり出しています。
高層の客室棟からつながる大宴会場「飛天」は芸能人の結婚式場としても有名ですが、
「日生劇場」でも用いられたアコヤ貝を貼り付けた幻想的な空間だそうです。
一度は入ってその美しさを堪能してみたいです。
最晩年(91歳!)にこれを設計した村野さんってすごすぎです。 '07.2.25
1983 谷村美術館
Tanimura Art Museum
新潟県糸魚川市
彫刻家澤田政廣の木彫仏像12体を展示する美術館である。
白い砂利による前庭から連続するように、滑らかな曲線を描くスタッコによる外観が立ち上がっている。
これはシルクロードの砂漠地帯にある家と風景をイメージしたものだそうだ。
内部空間も洞窟のようで、岩をくりぬいたようなところに仏像が展示されている。
外に出ると張り紙があり「こちらから見ると顔に見えます」と書いてあり、見てみると
そう言われると見えなくもないなあ。。という程度のものが見れます。。
隣の庭園の建物にあるテレビの下においてある村野氏の図面は必ず見るべし!! '00.11.29
(追記)2009年1月末に閉館してしまったそうです。。ささくれさんから情報をいただきました。
赤字続きだったようでしばらくは維持管理しながら方策を探すみたいです。
晩年の名作なだけに見られなくなってしまったのは残念です。再開してほしいです。 '09.3.29
宇部興産ビル
(宇部全日空ホテル)

山口県宇部市
村野氏の建物が多く存在する宇部市の中心部につくられたホテルである。
一階部分の多くはピロティになっており、車寄せ等に使うように設計されています。
そしてピロティ部分の中心にひときわ目立つように白い柱が花開くような形で配置されています。
つくられた当初はこの部分が噴水になっていて水が張ってあったようです。
現在は、埋められて車がたくさん停まってました。。見たかったのに残念です。
この大きなホテルを見たときに、「宇部にこんなにも泊まりに来る人がいるのだろうか?」と
おもわず考えてしまいました。 '01.11.14
1984 村野建築研究所心斎橋事務所
大阪府大阪市
1935年竣工の「そごう百貨店」北側の細い通りにある建築事務所です。
間口が約7mと狭く、シンプルなデザインなので気付かずに通り過ぎてしまいそうです。
しかし、よく見ると村野デザインがちりばめられた繊細なデザインだと気付きます。
エントランス上部の跳ね出した庇の丸みや上部開口部の面取りなどの優しい造形、
その開口部横の16個の整列したドットなど絶妙なバランスです。
隅にある柳の木も都会のオアシス的で素敵です。
小さな建物だと思っていたのですが、実は地下1階、地上4階もあると知ってちょっとびっくりでした。
最近聞いた話によると、「そごう百貨店」と共に除却されてしまったそうです。
今度確認してこようと思いますが、以前に撮影した写真が2枚しかなくて焦ってます。
いつでも撮影できると思って全然撮りに行ってなかったことが今では悔やまれます。。
'05.9.2
1986 京都宝ヶ池プリンスホテル
Kyoto Takaragaike Prince Hotel
京都府京都市左京区
村野氏の遺作の一つである。彼はこの建物の完成を見ることなく亡くなってしまった。
楕円形の建物はドーナツ状になっており、真ん中に中庭をつくりそれを囲むように客室が配置されている。
彼の特徴である角をなくした設計が所々で見られる。
夏に行ったのですが、入口を入ると看板があり「サンダルの方はご遠慮ください」と書いてあった。
サンダル駄目やったらミュールもあかんのか!と思いながら
サンダルであった僕は無視して入っていったが何も言われなかった。。 '01.8.18
1988 天寿園 瞑想館 新潟県新潟市
新潟市が管理する中国庭園や日本庭園のある約1.6haの敷地につくられた建物で、
村野氏が新潟市に設計した「谷村美術館」の案の一つとして考えられたスケッチや模型を元に
村野氏の死後につくられた施設である。
池の中に浮かぶ蓮の花をイメージして設計されており、広島の「世界平和記念聖堂」でも見られた
花びらの形をした平面で、村野氏らしさがその外観から見てとれます。
かなりの期待を持ってアプローチから内部に入ったのですが、どうも拍子抜けでした。
ステンドグラスから入る光が良いと言えばそうなんですが、外観のインパクトに比べて
あまりに内部が殺風景で造形美に欠けるのが残念で仕方がなかったです。
村野さんは内部はスケッチ書き残してなかったんですかね。。 '05.5.23
あべの橋ターミナルビル
大阪府大阪市
大阪市の中心地の一つである天王寺につくられたビルである。
近鉄あべの橋駅と近鉄百貨店の改修及び増築ですが、
避難用バルコニーを全体に巡らせた水平性の強い外観となっています。
また、バルコニーの手すり部分を2種類の葡萄唐草模様のレリーフで統一しており
全体を軟らかく包んだ優しい表情に仕上げています。
ちなみにこのレリーフを近づいて見ると、葡萄の他に鳥が描かれているのですが、
なぜか仏壇の模様に見えてきてしまったのは僕だけでしょうか。。 '07.2.12


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